最終更新日:2018/12/21
あなたは殺菌していないミルクでつくるチーズがあることはご存知ですか?
なかなかチーズ専門店などに行かないと売っていないので馴染みはないかもしれません。
日本人なら、「殺菌してないミルクでつくるチーズなんて食べて大丈夫?」
と多くの人が思うことでしょう。
私も最初は抵抗がありました。
でも、フランスなどチーズ先進国では無殺菌乳のチーズは当たり前のように食されています。
そして日本でも今や簡単に手に入るようになってきました。
そこで今回は、無殺菌ミルクでつくるチーズとはどのようなものなのか、その魅力についてお伝えします。
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国産のチーズで無殺菌乳製の製品はまず見ません。
それはなぜでしょうか?
理由を生産者サイドと消費者サイドの立場で考えてみましょう。
生産者側の立場で考えると、一番は保健所の審査をパスするハードルの高さでしょう。
たまに、日本では無殺菌乳チーズの製造が法律で禁止されていると聞くことがありますが、決してそうではありません。
日本では乳等省令という法律により、牛乳の加熱殺菌は義務付けられていますが、チーズに関しては、加熱殺菌処理について特に言及されていません。
しかし、日本には厳しい保健所の審査があります。
実際、ほとんどの生産者が保健所の指導で加熱殺菌を余儀なくされています。
つまり、無殺菌乳でのチーズづくりは、保険所の厳しい審査をクリアするのに大変な苦労が必要になるので、なかなかやろうという生産者が現れないというのが実情なのです。
また、ミルクを殺菌しないということはその分、品質を安定させるのも難しくなります。
例えば、製造時に異常発酵を起こしたり、熟成がうまくいかなかったりと、思うようにチーズの仕上がりをコントロールできないことがあります。
ですので、殺菌したミルクよりも、職人の経験やセンス、手間が必要になります。
日本でも現在、フランスなどの海外で修業を積むなど情熱を持ったチーズ生産者が増えています。
そういった熱意ある生産者が無殺菌ミルクを使ったチーズ造りにも挑戦しているようです。
ぜひ、そういった生産者が評価されて、国産チーズのレベルが上がってくれればと思います。
国産の無殺菌乳製チーズが少ない理由には、消費者側の問題もあります。
つまり、日本人は無殺菌ミルクでつくるチーズを本当に美味しいと思えるのか、という点です。
日本はフランスなどの海外に比べてチーズを食べる文化はまだまだ浅く、広く浸透しているとは言えません。
日本人のチーズ文化はプロセスチーズから発展した過程を考えても、クセのあるチーズに抵抗をもつ人がまだまだ多いんです。
無殺菌乳のチーズの特徴は、野性味とも言える複雑な風味です。
殺菌乳では出せない様々な香りの要素を感じることができます。
しかし、その個性がチーズを食べ慣れない日本人には障害になることもあります。
「やっぱりプロセスチーズが一番好き!」
と考えている人は意外と多いと思います。
そういう意味では、消費者サイドも無殺菌乳のチーズに食べ慣れ、その良さを評価できるようにならなければ市場として発展するのは難しいでしょう。
生産者側もそんな状況のなか、失敗のリスクを負ってまで無殺菌に挑戦しようとはなかなか思えません。
一方、フランスでは現在もチーズの生産の4分の1は、無殺菌ミルクでつくられています。
その現状を支えている一番の力となっているのが、A.O.C.、A.O.P.という品質認証システムです。
A.O.C.はフランスの国立機関が、A.O.P.はEUの欧州委員会が管轄しています。
これは、優れた農産物や食料品を保護するための制度で、この認証を獲得するためには、厳しい仕様書の規定項目をクリアしなければいけません。
例えば、A.O.P.チーズである「カマンベール・ド・ノルマンディー」という有名な白カビチーズがありますが、この名称をチーズのラベルに表示するためには、仕様書で規定されているいくつもの条件を満たす必要があります。
そして、その中に無殺菌乳を使用するという項目もあります。
つまり、「カマンベール・ド・ノルマンディー」というブランドで売り出すためには、無殺菌乳でチーズをつくらなけらばならないんです。
現在、フランスのA.O.P.チーズ全体の75%は無殺菌乳製チーズです。
このように、フランスでは、国をあげて無殺菌乳でのチーズ造りを義務付け、チーズの品質を守っているんです。
そして言い方を変えれば、ミルクが無殺菌であるということは、味わいや風味を良くするために不可欠であるということです。
では、無殺菌乳チーズは殺菌乳のチーズとどのように違うのでしょうか。
本来伝統的には、チーズづくりは無殺菌乳を使いその中に存在する乳酸菌の働きで生じる自然発酵によって製造されていました。
そして、そのミルクの中には大気中にある乳酸菌やアルコール発酵酵母、枯草菌など多数の微生物が入り込んでいます。
微生物はその土地にしかいないものも含め何十種類も存在し、それら微生物が働くことでチーズにその土地固有の風味を与えるのです。
さらに、それらの微生物はチーズとして私たちの手に届いた後も活動を続け、チーズを熟成させ、より複雑で深みのあるものに変化させます。
ところが、ミルクを殺菌してしまうとこれらの個性を生み出す微生物は死んでしまい、チーズからは複雑なニュアンスを感じ取ることができなくなります。
味は平均的で、その土地ならではの個性が乏しくなります。
もちろん、衛生的な面では安心できますし、味わいも安定しクセのないマイルドな味わいに仕上がります。
しかし、手間とこだわりをかけてつくる無殺菌乳のチーズの味わいは殺菌乳では到底及ばない複雑さと深みがあります。
先ほども述べたように、無殺菌乳のチーズはなかなかスーパーでは見つかりません。
でも、ネットショップをはじめ、チーズ専門店では意外と簡単に見つけることができます。
まずはラベルを見て、フランス産チーズの場合「lait cru(レ・クリュ)」、イタリア産の場合「latte crudo(ラッテ・クルード)」という文字を探しみてください。
もし、この文字が表記されていれば、無殺菌乳でつくられています。
逆に、フランス語で「lait pasteurisé(レ・パストゥリゼ)」やイタリア語で「latte pastorizzato(ラッテ・パストリッザート)」と表記されていたら殺菌乳でつくられています。
ちなみに、ほとんど見ませんが、「lait thermisé(レ・テルミゼ)」という、63~65℃で1分間加熱する「加熱乳」というものもあります。
殺菌と無殺菌の中間的なもので、雑菌を死滅させながらも、有用な微生物は出来るだけ残す加熱方法です。
スイスの「ヴァシュラン・モン・ドール」というチーズなどがこの方法でつくられています。
少し話は逸れましたが、無殺菌乳の「lait cru(レ・クリュ)」という表記を一番見つけやすいのは「カマンベール・ド・ノルマンディー」だと思います。
このチーズと、例えば「lait pasteurisé」と表記された殺菌乳製のカマンベールを食べ比べてみると無殺菌乳チーズの複雑味を理解できると思います。
明らかに違うことに驚かされるでしょう。
無殺菌乳でつくる素晴らしいチーズは山ほどあり絞るのは難しいのですが、その中でも無殺菌ならではの魅力を感じやすい王道チーズをご紹介します。
先ほどもご紹介したように、まず無殺菌乳の魅力を知ってもらうにはカマンベールで殺菌乳のものと比較するのが一番です。このレオー社のカマンベールは言わずと知れた名品で、間違いありません。殺菌乳製よりも風味は複雑かつ上品です。
殺菌乳製も品質に幅がありますが、風味が単調なものや、風味が強くても不快に感じるものもあります。また、風味の劣化も殺菌乳製の方が早いです。どちらが良いというのではなく、利用目的で適した方を選ばれると良いと思います。
ロックフォールはフランス産の羊のミルクのブルーチーズです。このチーズも無殺菌乳を使うことが義務付けられています。実はロックフォールも生産者によってピンキリです。私が一番好きなのは、このカルル社のロックフォールです。ただ辛いだけでない無殺菌の上質なミルクの複雑さ、そして羊乳特有のコクと甘みがしっかりと感じられるブルーチーズです。
フランス産ハードチーズを代表するコンテも無殺菌乳であることが義務付けられています。コンテは熟成期間によって味わいが異なりますが、この12か月以上熟成が無殺菌乳の上質なミルク感と熟成からくる旨味をバランス良く楽しめるのでおすすめです。
以上、無殺菌乳でつくるチーズについて取り上げてきました。
実は本場のフランスでも後継者不足から無殺菌乳チーズの生産が減りつつあるそうです。
それだけ無殺菌乳でチーズづくりを行うのは、生産者の覚悟と情熱が必要なんです。
だからこそ、私たち消費者はぜひその努力を評価して応援したいですね。
とはいえ、味の好みは人それぞれです。
もちろん、無殺菌乳製チーズの方が優れているというわけでもありません。
その時の気分やシチュエーションで選ぶべきだと思います。
まずは、ぜひ美味しい無殺菌乳でつくるチーズを実際に試してみてください。
ネット社会にいる私たちは今や簡単に手に入れることができます。
きっと食べたら最後、その魅力の虜になることでしょう。